本日は日出町から福岡へと帰る途中、大分県杵築市にある杵築城とその城下町の散策へとやってきました。
杵築城は守江湾を一望する小高い山の上に建っており、すぐ下の無料駐車場にクルマを停め、ゆっくりぼちぼち階段を登って天守へ向かいます。
午前10時のオープンと同時にやってきましたが、到着時には早くもどこかの老人会と思しき団体さんが天守をバックに記念撮影の真っ最中。しれっと私も違和感なく輪の中に加わるところでした。
お代400円をお支払いし、いざ天守の中へ。
築城は1394年。現在の天守は、昭和45年(1970年)に復元されたものですが、小ぶりながらもそびえ立つ三層の造りは、荘厳な雰囲気でなかなかのもの。
室町時代初期、木付(きつき)氏によって八坂川の河口にある台山の上に築かれたこの城は、北は高山川、東は守江湾といった天然の要害に囲まれた城でした。
その後の天災や震災などで城も場所や形を変え、城主もまた前田、杉原、細川氏と入れ替わり、小笠原氏、そして松平氏を最後に江戸の時代も終わりを告げます。
残念ながら当時の遺構で現存するものは数少なく、一部石垣が残るのみ。
現在では、山上が城山公園として一般にも開放されており、市内のあちこちで発見された国東塔など貴重な石造物が野外に展示されています。
築城当時“木付”と命名されながら、幕府朱印状に誤って“杵築”と記されて以来「杵築」となってしまったとのこと。
また、戦国時代には島津の猛攻撃に2か月も耐えたことから、別名「勝山城」とも呼ばれているそうです。
このあとは、すぐ近くに残る杵築の城下町散策へと向かいます。