功山寺見物のあとにやってきたのは、長府毛利邸。長府毛利家14代当主の毛利元敏公が明治36年(1903年) に落成した邸宅で、明治天皇も宿泊されたという歴史ある建造物です。



1890年(明治23年)、本邸の建設が計画されましたが、日清・日露などの戦争により建設はいったん中断。その後、10年以上の歳月をかけ、完成したようです。



昭和23年、毛利家が東京に移転することに伴い、土地、建物を下関市に寄贈、現在に至ります。





1996年に国の史跡・名勝に指定された邸宅の敷地面積は、邸宅と池泉回遊式の前庭などを含め約84,000平方メートルあります。





本館は、客間や居間、詰所など機能ごとに分けた各棟を、中庭を囲んでロの字に並べた構成。客間は、檜柾目の木材や飾金具、金粉を用いた壁紙など贅を尽くした意匠で仕上げられ、本館の北側には家政空間を担う各建物が機能的に配置されています。



長府毛利邸は、旧長州藩主である毛利家によって建設された、伝統的な和風意匠を用いた住宅建築です。大規模で複雑な構成の建築を、上質な材料や高度な木造技術による贅沢な意匠でまとめるとともに、コンクリート造や鉄骨造、機能的な配置計画など近代的な建築手法を取り入れており、近代における和風住宅の手本とも言われています。
最後の長州藩主・毛利家にふさわしい、素晴らしい邸宅でした。